【→東北地方太平洋沖地震への募金などのリンク先】


「一日一尻」
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会社の同僚に、

「被災地のニュースとかを見ていて、自分が被災者じゃないのに欝になったりPTSDになったりする人がいるから気をつけた方がいい」

と言われまして。


ツイッターでも

「こんなときだからこそ、働ける人はどんどん働こう。消費活動をしよう。経済を止めない様に。日本を止めない様に。元気に笑顔で働こう。面白いことを考えよう。愛する人たちを守ることと、それは両立できるはず。」

と言われまして。



ああ、そのとおりだなあ…と。



募金もしました。献血もしました。

必要ならばどんな手助けもしたいけど、残念ながら今出来ることはあまりにも無い。

それならば、復興に頑張る人達へ政府が少しでも多くの援助を出来るように、元気な日本にしていくことが被災者ではない私たちに出来ることかもしれません。


最後に、尻写真ばっかりじゃあんまりなので、笑顔のつーにゃん。
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あずきの写真も載せないと!!と、今気付きました。


[READ MORE...]に、阪神大震災の被災者である、西宮市議の今村岳司さんのブログを転記させていただきました。
何か、一考の手助けになればと思います。



→今村岳司さんのサイトはこちら ブログはdiaryから読めます。

【3/13のブログ】

■ あの恐怖と屈辱は、記憶よりさらに奥に刻みつけられてしまっている。


16年前に私は被災し、実家を全焼して失いました。

それいらい、私はよほど小さな地震でも、気分が悪くなるほど怖いです。

記憶よりさらに奥のところに、あの恐怖が刻みつけられている気がします。


今回の地震は、一瞬眩暈がしたかと思いました。

でも、周りで揺れているものがあったので、それは地震だとわかりました。

吐き気を抑えなければいけないほど気持ち悪かったです。

でも、まさか、これほどのことになっているとは思いませんでした。


いらい、日々仕事に集中していても、

何か腹の底に溜まっているような気持ち悪い感覚があります。

不安なことや面倒なことを抱えているときのような。

よくよく考えたら、それは東北の地震のことだ、とわかりました。


悔しくて、悔しすぎて、記憶から消していたことが、いろいろ蘇ってきて辛いです。

ひとつは、観光気分で来た自分探しボランティアの連中のこと。


彼らは、人から感謝されることを楽しみにやってきただけでした。

だから、汚れ仕事やしんどい仕事は何かと言い訳しながらやりませんでした。

彼らで集まって楽しそうに親睦を深め合っていました。

そんな彼らに「惨めな被災者」と扱われる屈辱。

何日か経ったとき、避難所のリーダーが耐えきれずに怒鳴り散らして

彼らを追い返してくれました。

彼らがいなくなっても、彼らに受けた屈辱は消えませんでした。


ひとつは、「家が焼けただけでしょ?」と私に言った大学教授のこと。


震災後しばらく経って、避難所を少しはあけても手が足りるかなと思ったころに、

大学に試験を受けられないと説明にいくために、京都まで出向いて教授を順番に廻りました。

ある教授はこういいました。

「ペンと本があれば勉強できるわけだし、もう電車も復旧しているから、
 試験も受けに来れるはずでしょ?家が焼けたからと言って、ねぇ。。」

研究室でものを投げ散らかして軽く暴れたあと、彼に

「おまえの家が焼けてもペンと本があれば授業をするんだな?」と言って帰りました。

部屋を出たあと、暴れたのは、目の前の豚を殺したかったからではなく、

被災者以外が被災者のことを理解してくれるのではないかと期待した自分の愚かさに、腹が立ったからだとわかりました。


記憶の中の彼らは、単なる匂いのない記号として封印されていたのですが、

他人の絶望をエンタメにすることしか考えていない無神経なテレビを見ていると、

記憶の中で彼らは解凍され、また腐臭を放つようになってしまいました。


自分が育った家がなくなったこと、

小さなころの写真が一枚もないこと、

家族がぎくしゃくして不愉快なことばかりだったこと、

大好きだった街が廃墟になってしまったこと、

そんなことは、もうなんとも思っていないのに。

   ■   ■   ■   ■

私はこの地震で何も失っていない部外者です。

そして、この地震に対して何もできない無力な素人です。

ただの「被災していない人」です。

被災していない人間に被災者の気持ちが分かるわけがないのです。

分かるわけがない相手に分かったようなことを言われたりされたりすることこそが、

相手に「被災者の気持ちなんて結局誰もわからない」を痛感させます。

とにかく、自分にできることなど何もないことを受け容れることが必要です。

「何かしよう」という気持ちが、本当に自己満足ではないのか、よくよく考えるべきです。



政府の大規模な財政出動に理解を示すこと、増税を受け容れること、

節電など、政府の呼びかけに応じて、不便を受け容れること、

被災者の苛立ちや要望をただ受け容れること、

プロが呼びかけるボランティアや募金に参加すること。

これくらいが関の山なのです。


「被災経験のあるあなたに訊きたいが、被災地に対して何かできることはないか」

と友人に訊かれたので、こう答えました。


まずは、呼ばれでもしないかぎり、絶対に被災地に行かないことです。

被災地から出ようとする人、入ろうとする支援部隊や家族で

アクセスはただでさえ大混乱ですから非常に邪魔です。

統制もとられておらず装備もなく訓練も受けていない「ボランティア」は

ただの野次馬観光客です。何の役にも立ちません。

自衛隊は、食糧から水から燃料から寝具から、全て自前で用意して出動します。

しかし、手ぶらのボランティアは、

被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、

被災者が寝るべきところで寝るのです。

完全に現場指揮に従うのであれば、

しかも生き地獄での救援活動に耐えうる技術と精神力を備えているのであれば、

行ってこればいいと思います。


次に、要請されないかぎり何も送らないことです。

何が不足しているかもわからずに送られてくるものは、千羽鶴と同じゴミです。

「着るものがないだろう」とボロを送られても馬鹿にされたと思うだけです。

水もガスもないところにカップ麺を送られても意味ありません。

現場に何が必要かを理解しているのは現場のプロだけです。

「○が不足しているのでどこに送って欲しい」という呼びかけに応えるのであれば、

ぜひ送ればいいともいます。


そして、ぜったいにこちらから安否確認の通信をしないことです。


安否確認したいのは被災していない側です。

被災していない側が安心したいだけです。

安否確認などされても被災者には何の益もありません。

安否確認で電話することは、

通信が復旧しきっていない情況で、

被災者でない側が安心したいがために通信を使用する行為です。


要はプロに任せることです。

16年前、遠くのまちの名前が書かれた消防車やパトカー、

そしてなにより規律正しい自衛隊が来てくれたときには、


ほんとうに嬉しかったです。

彼らは、これまでに見たどんな人間より気高かったです。

彼らはプロとしての技術を持っていましたし、

彼らは私たちに感謝されることなど求めていませんでした。

被災地に必要なのは、プロだけです。


私のところで学生のころ活動をし、

そのあと陸自の士官になった女の子が、きょうから災害派遣で被災地に行きました。

彼女は、明確に被災地に必要とされている人間です。

16年前の私に、人生を日本のために使うと決意させてくれた災害派遣の自衛官として、

彼女が岩手に行くことがとても誇らしいと同時に、

無力な自分の被災地に対する気持ちは、彼女に託すことにします。


被災地の復興と、自衛隊の活躍、そして、大切な友人である自衛官の無事の帰還を、

心から祈ることだけが、無力な私にできることです。
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ありがとう。

あたしも、自分に出来ることをやろうと思います。

まずは、元気にちゃんと食べて働こう。

今日を生きよう。

つーにゃんに癒されました~☆

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涙が出ました。

私の家族は岩手にいます。

友人は壊滅した大槌にいます。

みんな無事でした。

でも、家族のことなのに、友人のことなのに、私は被災者ではないから、やっぱりすべてを理解することはできないです。
でも、やれることを、やろうと思います!

ありがとうございます。
私は岩手県の内陸、盛岡に住んでいます。
ブログを見ていて涙が出ました。

盛岡さ数日前にライフラインが復活しました。
内陸は地盤が固く倒壊はありませんでしたが、最初の地震から余震が止まらず、昼夜常に揺れていて自分が目眩を起こしているのかと思うほどでした。
今妊娠中で臨月ですが、寒くて暗く、恐怖でした。
しかし沿岸はもっと悲惨で、電気が復活してテレビを見て愕然としました。
今も連絡が取れない知り合いがおり、テレビの安否確認をみんな観ています。

ブログに書かれている通りだと思います。
皆さんのあたたかい気持ちが至るところから伝わってきますが、プロの方々の邪魔をせず、一日も早く普通の生活が出来るようになることを、こちらでも祈っています。

やっと

今日やっと電気が復旧しました。地震の時は 立っていられず娘とチワワりおんと玄関で揺れがおさまるのを待ってました。にゃんこもわんこも2日間震えて餌食べれず水も飲みませでした。人間は 何とかやってますが トイレが大変です!新聞紙がトイレです。すでに人間辞めてます。でも命があるだけいいですよ!

つうにゃん

つうにゃんの尻神様と笑顔に 元気をもらいました。ありがとうございました。

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ありがとうございます

とてもたくさんの拍手、コメント、閲覧をありがとうございます。
みなさんのコメントに、私のほうこそありがとうございますと言いたいです。
揺れの無かった四国にいて、電力にさえ協力できない私ですが、これからも精一杯なにかしていきたいです。

以下はコメントのお返事


★楓奈さん★
こちらこそ、ありがとうございます。
私なんかにありがとうはいらないですよ。
日本の東半分が本当に大変なことになっている。
せめて西の人間が頑張って、日本を支えないと!!
ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、ちゃんと笑いましょうね!!!


★15日の匿名さん★
出来ることがあまりにも少ないので、
ともすれば落ち込みそうになりますけど、
でも出来ることを一生懸命やるのが必要だと改めて思いました。
静岡でも大きな揺れがあり、東南海地震も気になりますよね。
備えは必要だと思うけど、買占めとか過剰な対応は今は必要ないはず。
被災地のことを一番に考えていきたいですよね。



★accoさん★
ご家族、みなさん御無事で本当に良かったです!
もう、「みんな無事でした。」の一文だけで、
涙が出てきそうです。
ご家族、ご友人が被災地にいる方は、
被災者ではないとはいえ、とても思い気持ちになってしまうかもしれません。
でも、被災地にご家族ご友人が居る方こそ、いっそうの笑顔で、
今たいへんな日々を送っておられるだろう、被災者の方々に癒しと勇気を与えてあげて下さい。
心的ストレスが溜まって、本当に大変なのはまだまだこれから先だと思いますから。



★yumiさん★
揺れのなかったこちらからすれば、盛岡の揺れも想像を絶するものだったろうと思います。
ライフラインが復帰するまで、暗い中での余震もさぞかし恐ろしかったことと思います。
しかも、妊娠中で…。
でも、テレビで被災地で出産された方を見ました。
涙が出ました。希望の光のように見えました。
この震災を見た、すべての妊婦さんの生み出す新しい命が、
これからの生きる希望だと思います。
まだまだ心配もご苦労もあるでしょうが、どうぞ、頑張って元気なお子さんを産んでくださいね。
産まれました!のお知らせをお待ちしてます。



★鈴音さん★
大変な恐怖と、これからの御苦労、
なんと言っていいか言葉もありません。
人間だけでなく、犬猫もどんなストレスを抱えていることか!
トイレの問題は阪神大震災のときもありましたよね。
普段の便利な暮らしが身に染みます。
でも大丈夫!!生きてますからね!!
新聞紙をトイレにする機会なんてめったにないぞ!!
と思って、頑張ってください。
四国から、私も出来るだけのことをします!!



★17日の匿名さん★
私も、何か出来ないか、何も出来ないのか…と、
ここ数日、本当に落ち込んでたのよ。
でも、出来ることをするしか仕方がないよね。
一生懸命生きるしか仕方がないよね。
彼氏(その話はまた詳しく聞かせてくれ)
さぞかし心配だろう。
でも、彼氏のことを誇りに思ってください。
素晴らしい仕事をなさってる、素晴らしい人です。

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